2017年5月7日 星期日

時間が流れぬ亡者の国


 地下室の廊下に、一番深くある亡者を呼ぶ青白い立方体が、記憶のまま変わらなかった。鼻を激しく攻めるエタノールの臭いも、まるで喜んで死に向かう仄白さも。なにか亡くなってしまってもおかしくない、誰でも感心しない。ここは俺にとって慣れていたはず、時間が流れぬ亡者の国だ。住民の目は濁る沼のよう、なにも映し出さず、生きていて死んでいる。

 数年前、俺は自ら強引で仮死状態から蘇生し、常人として生き延びてきた。然し、やっぱり平凡な日常を失い、ここに戻ってきた。刻まれた記憶は鮮明だが、意外と上陸記録がなくなって、書かれたはず歴史は、白紙になってしまった。驚いた。なぜか存在の証を消されてしまったんだろう。まるであの頃の銀髪少年は、存在しなかった架空の人物みたいだ。或は「君は異常ではありませんでした」と皮肉に言われているような気がする。返せ。俺を返せ。返さなければ、ここにいる俺は、過去はここに暮らした少年も、幻になってしまうのだ。 仕方あるまい。自分を取り戻すため、何かを隠そうとする深くて狭い廊下を、改めて通さないといけないのだ。慎重な歩き方で新入りのフリをして、前世の醜悪を握り、現世の秘密を持ち、再生を求める。歩きながら、指先から落ちる欠片は、変わらぬ自分の弱さである。普通に生きるため、狂い自分を再び隠してゆこう。失いながら、完璧な一つになって、一人で歩もう。

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